2010.06.21

みうらじゅんを知る(その6)

 前回が少し硬くなったので今回は軽めに。
 みうらじゅんと音楽について。
 彼の膨大な肩書の中には、ミュージシャンというものも含まれています。中学生の時に吉田拓郎に影響を受け、白いギターを買ってもらったみうら。青年時代にボブ・ディランにハマり、ディランを「人生の師匠」と崇めるみうら。進路相談で「フォークシンガーになる」と宣言して笑い者にされたみうら。
 といふやうに、若い頃から音楽に目覚め、ある意味ではその道を目指していたようにも見える彼ですが、実際中学生の時には1日4曲を、誰に言われた訳でもなくノルマとして作り続け(というところがまた彼らしい)、2年半で350曲を完成させました。因みに、そうした青年時代のみうらの話は、昨年公開され絶賛を博した映画<色即ぜねれいしょん>(原作はもちろんみうら本人です)でも描かれています。
 さて、時が移り1980年代後半、世にバンドブームが起こります。中心になったのは<三宅裕二のいかすバンド天国>という番組でした。通称「イカ天」。ここから世に出たバンドとしてはFLYING KIDS、BEGIN、たま、BLANKEY JET CITYなど、日本の音楽シーンを彩ったグループを輩出しました。そんな番組に我らがみうらじゅんもバンドを率いて登場します。バンド名<大島渚>。もちろん出どころは映画監督の大島渚なわけですが、ある意味でパンクバンドっぽさを表すネーミングですね。
 そしてこの<大島渚>名義で2枚のアルバムまで出しました。一見お遊びバンドっぽく思われるかもしれませんが、<カリフォルニアの青いバカ>や<アイデン&テティ>、<大人の悩みに子供の涙>といった名曲を生み出しています。
 バンドブームが去ってもみうらは音楽活動を行いました。その代表的なものがイラストレーターにして「ソラミミスト」として有名な安斎肇とのユニットである<勝手に観光協会>です。勝手に日本各地を視察し、勝手に観光ポスターやご当地マスコット、そしてご当地ソングを旅館で作って録音する(「宅録」ならぬ「リョカ録」)という唯一無二のユニットです。当然、47都道府県全てを訪れ、全てで曲を作りました。その土地の特長を、いつものようにユニークな視点で歌いあげたその曲は、笑えるけれど同時に説得力の強いものだと思います。個人的には山形県の<ガッタ山形>とかが好きです。もちろん、CD出てます。
 何枚か出ているみうらじゅんのCDで最もおススメしたいのは、彼の音楽活動のベスト盤という位置付けの<青春ノイローゼ>です。<君は千手観音>とか<とんまつりジャパン>など名曲?迷曲?が目白押し。残念ながら、今はちょっと入手が難しいかもしれませんが。
(若林)



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