2014.02.26

文楽のあらすじ2

おはようございます~
それではあらすじの続きいきますね。

「花競四季寿」

small3花競四季寿_万歳(要左トリミング)

 
 文化6年(1809)、大坂の御霊社内の芝居で初演された、四季を描いた景事から、春と冬の二景―太夫と歳蔵が鼓の音も軽快に楽しく新春を祝う「万歳」と、雪の中、春に思いを寄せる鷺の精を描いた美しい「鷺娘」を、お届けいたします。

そして、「ひらかな盛衰記」

small4ひらかな盛衰記_逆櫓の段
 
 愛しい子を失った家族の悲嘆……幼子の死を巡り対立する船頭と武士(もののふ)の苦悩と和解の物語。
 源義経によって滅ぼされた木曽義仲。その若君を連れて逃げる腰元お筆は、大津で深夜、宿を敵に襲われ逃げたものの、若君は敵の手に。が、亡骸をよく見ると、若君ではなく、同宿していた巡礼、船頭権四郎の孫でした。お筆は、若君を取り戻すべく、笈摺(おいずる)に記された住所を頼りに摂津の福島へ。
 そこでは、権四郎と娘およしが、宿で取り違えた幼子を連れ帰って大切に養い、先方が子供を返しに来る日を待ち侘びていました。が、知らされたのは子供の死。嘆く娘を叱り、悲しみを堪える権四郎。ところが、それに乗じてお筆が〝嘆いても戻らぬ子を諦め、若君を返して〟などと口にしたため、怒りが爆発。他人の子だからこそ大切にすべきであるのに、死なせておいて、よくもそのような恥知らずなことを……。孫の仇として若君を殺すと息巻き、権四郎が加勢を求めたのは、松右衛門―夫に先立たれたおよしのもとに最近入り婿した男でしたが、意外にも若君の味方に。実は義仲の忠臣樋口次郎兼光で、入り婿したのも、権四郎から逆櫓の技を習い、義経の船頭となって主君の仇を討つためだったのです。とはいえ、子の犠牲に胸を痛め、舅の恩も継子への義理もわきまえた人物。権四郎の悲しみも怒りも当然としながら、それでも主を討つことはできない、武士と縁を結んだがゆえの運命と諦めてほしいと懇願。忠心と誠実さに心を動かされた権四郎は、恨みを捨てるのでした。
 このあと、舟を漕ぐ掛け声も勇ましく松右衛門が海上で船頭たちに逆櫓を指南し、三味線の演奏も躍動的で勇壮な「逆櫓」が続きます。元文4年(1739)竹本座初演、文耕堂ほかが合作した五段の時代物の三段目、豪快で心に強く迫る舞台をお楽しみ下さい。

そして公演当日17:00~17:30は、
1階エントランスアトリウムにて出演者による人形の解説(レクチャー)を開催します!(観覧無料)


それでは土曜日皆様のお越しをお待ちしております~
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Posted at 09:19 | 公演情報 | COM(0) | TB(0) |